続けるということ

ある日ふと気がついた。

 

私は、生きてるってこと以外になにも継続できてることがないってことに。

 

 

 

仕事も3回転職してる。
趣味だった登山も、キャンプも、バイクも、お寺めぐりも、園芸も、いまはやってない。
もはや興味も薄れてる。
ジョギングも、趣味というよりは義務感でやってるけど、言うほどやってない。
かつてお付き合いしたひともいたけど、そのうちのひとりは旦那さんだったけど、いま私は独身だしひとりだし。続いていく恋愛を経験したことがない。
東京にきて、大好きだったお料理もほとんどしなくなった。

 


本当に、なにも継続できていることがない。

 

 

みんなもそうなのかなぁ。
普通こんなもんなのかなぁ。


どうして継続できないのかを考えてみたんだけど、たぶんそもそも、ものごとにそんなに興味とか執着がないんだと思う。
平たく言うと飽きっぽい。
これいいな!って思ったらすぐ飛びついてすっごいハマってめっちゃ研究したりしてみるけど、そのうちなんかいつのまにやらだんだん興味が薄れてきてもーいいやってなっちゃう。

 

もっと言うと、

そもそも生きることにもそんなに執着がない。


これは昔から、こどもの頃からずっとそうで、なんでみんな毎日生きるんだろうって、小学校四年生の夏に毎晩本気で考えたりしてた。考えても答えなんてわからないのに。そんで、飽きて考えるのをやめたんだった、この頃から飽きっぽかったのかも。

 

まぁ、生きることに理由は必要ないのかもしれないけれど、守るべきものがあるひとは日々ハツラツと生きることができるのかもしれないし、なにか好きな趣味があるひとはそれが日々を生きる活力になるのかもしれない


……けど、これらは想像の域を出ない。
私にはそういう類のものがない。親兄弟はいるけれど、守るべき自分自身の家族はいないし、そんなに情熱を注げるような趣味もない。

 

だから、そういうものがあるひとを、本当にうらやましく思う。


いや、思ってたんだけど。

 

最近少しだけ、
生きるということに対して少しだけ、肯定的な感情も持てるようになってきた。

 


そうは言いながらも、このまま好きでもない仕事を続けて、好きになれない街で暮らし続けるのかなぁとか思うとお先真っ暗、みたいな気持ちになるときもある。

 

けど、

いちおう、私にも大切に思うひとや、友人や家族がいて、そのひとたちに迷惑かけたり心配させたりしないように元気に生きなきゃって思う気持ちが、今の私の生きる理由になってる。

 

だから、これからは継続できるひとになりたい。


大切なものをきちんと大切にし続けたいし、好きなひとや好きなものを、ずっと好きなままで生きていきたい。好きなままずっと。

 

 

そんなことを考えた、梅雨の晴れ間の日曜日。

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